分散型騒音測定システムによる騒音環境表示システム


研究の背景

 環境基本法により騒音の環境基準が決められているますが、騒音を抑制することを目的とする騒音規制法は、指定された特定施設・特定工事の騒音排出、道路交通騒音のみを規制対象としていて、幾つかの省令により航空機、新幹線などの著しい騒音の発生源が規制されているだけです。またこれらの法令では、個々の騒音源となる事業所等の排出量を規制するのみで、立地により複数の事業場等の騒音が重複することにより環境基準を超えても個々の事業場等は規制されていません。
 騒音の環境評価については、道路交通騒音、航空機騒音等の特定の騒音源については行われていますが、事業場の騒音等については問題とならない限りは測定評価されることはありません。そのため一般の住環境における騒音については全く評価されていない状況です。
 一方で騒音はその地域の経済活動および生活環境により大きく異なりますが、人の生活様式の多様化により、地域の騒音特性に馴染まない住民が増えています。
 そのため典型七公害のうち騒音に関する苦情件数は他の公害に対し最も多く、生活騒音、人の声、商店などの営業音、トラックからの荷物の荷さばき音、緊急車両の走行音、ペットの鳴き声などの人の活動に伴う規制されない騒音の苦情の割合も高くなっています。
 国、自治体は、環境基本法で示す環境基準に合わせて住民の生活環境を保全しなければなりません。住民も住環境を選ぶうえで個々の生活様式と騒音環境を照らし合わせて許容できる地域を選択するべきです。しかし、現状においてこれらを客観的に判断するようなデータや資料は存在しません。
 もし地域の騒音の分布や特性が事前に明らかとできるデータとこれを容易に閲覧できるシステムが存在すれば、騒音苦情への対策の検討等の騒音行政、都市計画の作成、住民の居住地域の選択などの際に、より有効な施策が可能となります。

研究の目的

 本研究の目的は、広域の多点に分散配置する測定端末により環境騒音を測定し、地図上に環境騒音のレベルの分布等を表示することで地域の騒音特性を容易に把握できるシステムを構築し、このシステムの有効性を評価することにあります。

騒音の分散測定用システム

 騒音測定システムは、測定対象とする地域に分散配置する騒音測定端末と、騒音測定端末による測定データを蓄積するサーバシステムから構成します(図1)。

図1 分散型騒音測定システムイメージ

騒音測定用端末

 騒音測定端末は、騒音を測定するマイクロフォン、騒音測定時の周囲環境を撮影するためのカメラ、端末設置位置と正確な時刻を得るためのGPS装置、端末測定データをサーバシステムに伝送するためのモバイル通信端末とこれらを制御するための小型コンピュータおよび電源用バッテリで構成します。 この構成図を図2に、写真を図3に示します。

図2 騒音測定端末内部構成

図3 騒音測定端末内部写真
 マイクロフォンについては、当初は騒音計のマイクロフォンを取り付ける予定でしたが、測定端末を屋外に長期間設置するため風雨等による障害の危険性から、試作装置では騒音計により構成されたエレクトレットコンデンサマイクロフォンを用いることとしました。 マイクロフォンの出力は、USB接続のADCにより小型コンピュータに入力します。
 周囲環境を測定するカメラは全方位型カメラで、騒音源がどの方向にあっても撮影できるようにしました。
 モバイル通信端末は、データ通信専用の4G端末を用いました。通信データ量の削減の必要から、測定点、測定時刻、騒音レベル及び1/3オクターブ分析結果を、データ通信端末を用いてサーバに送信し、音声データ、カメラ画像は、小型コンピュータのSDカード上に保存することにしました。
 小型コンピュータは、外部接続機器の制御性と通信端末の制御性および消費電力を考慮し、Raspberry Pi 2 model Bを用いました。Raspberry Piは、音声、画像、GPSデータを収集し、音声についてはFFT処理を行い1/3オクターブバンドレベルを算出します。
 Raspberry Piは、RTCを搭載せず電源管理機能も搭載しないため、RTCによる定時起動を可能とする電源管理用のサブシステムを別に作成しました。電源用バッテリは、長時間運用及び電源管理の点から、モバイルバッテリーなど幾つかのものを試し、取り扱いの容易性と容量の点から密閉型鉛蓄電池としました。

サーバ

 サーバシステムは、Linux OSのうちで、フリーで信用のあるCentOSを用いました。測定端末からのデータを受信するにあたり、SFTPプロトコルを使用することにし、端末からデータをputすることによりデータベースに登録するようにしました。 データベースにはCentOSの標準で、MySQLと互換性のあるMariaDBを用いました。端末からputされた記録データは、putされた時刻をIDとして、測定地点、測定日時、騒音レベル、1/3オクターブ騒音レベル、平均スペクトルを登録します。
 データサイズの大きい音声、画像データは、端末の回収後にSDカードから手作業により追加登録を行うことにしました。データベースは、ウェブサーバ機能と、Google社の提供するGoogle Map API機能を使用し、Googleマップ上に騒音測定地点及びその地点の騒音レベルを色分けして表示するようにホームページを作成します(図4)。利用者はこのホームページの測定地点をクリックすることで、各測定点の騒音レベルのグラフ等を閲覧できるようにします。このグラフ作成にはGoogle Chart APIを使用しました。
 なお測定端末のカメラによる映像については本研究での測定データの騒音源の種別などを判断するために用いるもので、また録音音声データも、本システムの処理の評価に用いるためのものです。これらのデータは本来の騒音測定端末としては必要としません。

図4 ホームページのイメージ

システムの評価と検討

 先ず騒音測定端末試作段階でのマイクロフォンを、騒音計からエレクトレットマイクロフォンへ変更するにあたり、防滴用のカバーリングを作成しました。そしてこのカバーリングを装着し測定端末に設置した状態での周波数特性への影響等を評価しました。
 次に騒音測定端末の作成と試運用により、端末運用上の問題を評価しました。測定端末は市中の電柱などの構造物に設置し、数日間無人運用することを想定しています。そこでシステムの安定性、バッテリ容量の評価等を行いました。
 騒音測定端末及びサーバシステムが構築された後に、大学構内の屋外での長期運用実験を行いました。この運用試験により、更にシステムの安定性、改良改善、データ転送量、バッテリ容量等を評価しました。  そして、大学構内での測定システム評価の後に、大学周辺の住宅地、幹線道路沿い等で測定を行い、地域の特性による騒音特性の違いを確認しました。

騒音測定端末の改良

 騒音測定端末は、試験運用等の結果として図5に示す構成となりました。
 騒音測定端末を仮運用したところ、長期測定時に度々不安定となり計測が中断してしまいました。 この原因はWebカメラ、モバイル通信端末の消費電力が大きく小型コンピュータからの供給電力が不足し、そのため小型コンピュータそのものの動作が不安定となることにありました。 そこで電力を安定的に供給するために、電源用DC/DCコンバータの電流容量を大きくし、Webカメラ、モバイル通信機器にはUSBハブを通して大電力の供給するように変更しました。 また使用電力が予想外に大きくなったことから、測定端末全体の電力を節約するために、RTCを搭載したサブシステムにより、設定時刻にシステムを起動することにより、非測定時の電力を節約するようにしました。 さらにサブシステムは小型コンピュータの動作ステータスを監視して、小型コンピュータが不安定となった際にはシステムを自動的に再起動するようにしました。これらの対策により長期間安定的に動作が可能となりました。
 測定データの測定端末内でのデータフローを図6に示します。音データは、ADCでデジタル化した後にIIRデジタルフィルタにより重み付け特性Aを加え、FFT処理、マイクロフォン特性の補正を加え、1/3オクターブ帯域処理を行っています。GPSデータ、音データ、画像データを処理・圧縮し伝送および保存することで、サーバに必要なデータの伝送と後の解析に必要なデータの取得を可能としました。

図5 測定端末ブロック図

図6 測定端末内でのデータ処理の流れ

騒音測定システムの運用評価

 本システムでの測定端末設置の様子を図7に、測定地点例を図8の写真に示します。また図9にこの測定で他のWebページへの表示例を示します。
 本システムを用いて得たデータからの分析例として、図10に幹線道路沿いの時間帯の違いによる騒音レベルの変化を示します。この地点では朝の通勤時間帯のレベルが高く昼、夜とレベルが低下傾向にあること、朝の通勤時間帯と夜間でレベルは5dB程度異なりますが、周波数特性はほぼ同一形状であることなどが分かります。
 図11には幹線道路沿いと交通量の少ない地域の騒音レベルの比較を示します。この比較では騒音のレベルは20dB程異なるが、周波数特性に違いは見られないことが分かります。
 このように本システムを用いてそれぞれの地域の時間的な騒音特性の評価、地域ごとの騒音の比較などが、容易に行えます。
 一方で、雨が降った場合には測定端末本体に当たる雨滴による衝撃音が大きく、環境騒音の評価が適切に行えない、バッテリの充電、SDカードに保存されたデータの取り出しなどのメンテナンス性に難があり、その取扱いに注意が必要である点など、改善が必要であることが明らかになりました。

図7 騒音測定端末の設置状況例

図8 騒音測定端末の設置位置例

図9 ホームページ表示例

図10 幹線道路周辺騒音の時間変化例

図11 幹線道路沿いと住宅地域の騒音比較(朝7時30分頃)

研究発表

 本研究の成果について次の研究発表会で口頭発表を行った。
  1. 「地域騒音特性の収集、表示システムの開発」 日本機械学会環境工学総合シンポジウム2019(2019年6月 沖縄県万国津梁館)
     本システムの構成と試験運用結果からのシステムの問題点などについて口頭発表を行いました。
  2. 「分散型騒音測定システムによる地域騒音の評価」 日本騒音制御工学会2019年秋季研究発表会(2019年10月 東京都日本大学)
     本システムでの山梨大学周辺での騒音測定結果を口頭発表し、本システムの有用性について述べました。
     本発表では、多点測定の意義について多くの賛同を得るとともに、多くの地域での測定の必要性の指摘から、他大学・研究施設等での測定の測定協力の申し出を頂きました。
 これらの研究発表会等により他の研究者の様々な意見を頂き、表示の方法、測定地域について提案を頂きました。また地域の騒音特性が例えば機械騒音、交通騒音、雑踏等を判断するためには、録音を人の耳で聞き映像を見ることで判断する必要があり、多数の測定端末で自動測定する際は困難であるなど、改善するべき点の指摘を頂きました。

今後の発展にむけて

 本システムの試験運用を等して、ハードウェア的な改善点として
 ソフトウェア的な改善点
などが挙げられました。
 今後、更に改善し、実用できるシステムとして全国に配置できるように研究を継続しています。

謝辞

 本研究は日本が駆出振興会 科学研究補助金17K00685「騒音環境の多点測定・表示システムの構築と評価」として補助を受け、2017-2019年度に実施されたものです。
 本研究を修士論文として熱心に取り組んだ三枝捷人君は、2020年1月25日に不慮の事故によりご逝去されました。故人の研究への多大な貢献に感謝するとともにご冥福をお祈りいたします。
 本研究は、佐々木文乃氏、伊予野卓也氏の先駆研究を受けて行われたものです。両氏の貢献に感謝します。